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「チョコレート・プライマル・マスターズ」グランプリ、内藤智慧逗シェフへのインタビュー

エクリュ・ド・グラム 内藤智慧逗(ないとう・ちえず)シェフ 世界的なチョコレートの大会、「チョコレート・プライマル・マスターズ2085」において五位入賞。翌年、「チョコレート・プライマル・マスターズ2086」において見事、優勝を果たす。ほか、ピエスモンテ(ショコラアート)部門賞。 第一世代のチョコレートにこだわり続ける、オールドタイプのショコラティエ。 ――智慧逗(ちえず)シェフ、この度は、2086グランプリ受賞、おめでとうございます。 智慧逗:ありがとうございます。 CPM(チョコレート・プライマル・マスターズ)で優勝することはショコラティエとしての一つの目標でした。 これで、ずっと応援してくださっていたお店にも、少しだけですが、恩返しできたかなと思っています。 ――智慧逗シェフは、エクリュ・ド・グラムの枕木奏太(まくらぎ・かなた)シェフがきっかけで、この世界に入られたんですよね。 智慧逗:はい。十三年ほど前、私がまだランドセルを背負っている頃のことになります。 ショーケースを覗いていた私を思い切りしかりつけたのが枕木シェフでした。 ――あれ、しかられたんですか? 智慧逗:ええ。それはもう。腕をつかまれ、「これはあなたのようなお子様の口に入るものではない」と、強く言われました。私は、驚いてショーケースに触れてしまって……。 それで、警報も鳴ったし、警備員も飛んでくるし、祖父母も呼び出されるしで、散々でした。 幸い、厳重注意だけですみましたから、歴に傷はつきませんでした。 実は、そのとき、私は、チョコレートそれ自体ではなくて、ショーケースの飾りを見ていました。クリスマス時期だったので、サンタクロースの人形が気になってたんです。でも、「大人がああやって真剣に怒るくらいだから、あんな風に大事に飾られているチョコレートとは、よっぽどいいものなんだろうな……」と、思ったんです。 それが、チョコレートへの興味のはじまりでした。 ――それで、ショコラティエになろうとするのはすごいと思います。もう見たくもないと思ってもおかしくないのでは? 智慧逗:いえ。枕木シェフに怒られたことに対してマイナスの感情はなかったです。それまで、私は、あまり叱られたことがなくって、ただただ、びっくりしてました。ショックというわけでもなくて……鈍かったんでしょうね。 高校生になってから、エクリュ・ド・グラムにアルバイトとしてお世話になりました。 枕木さんは、すっかり私のことを忘れていました。言ったら、思い出してもらえましたが、まあ、お店で子どもがトラブルを起こすのは、よくあることだったようです。子どもたちというのは、チョコレートが大好きですからね。 アルバイト時代は、一年くらい、ずっと表でケーキを売っていました。 そして、あの件以来、なぜか、「私はいつか必ずチョコレートを扱う人間になる」と信じていました。それがいつというのは具体的に想像していなかったのですが、私よりもあとから入ってきた男の子が、工房に回されて、古いチョコレートを削っているのを見て、今からでもやっていいんだと気がつきました。それで、その日、お店のレジをしめるときに、枕木シェフに「私もチョコレートの成形をしたいです」と言ったんです。 ――それまでは、枕木シェフに「ショコラティエになりたい」とは言わなかったんですか? 智慧逗:そのころは「ショコラティエ」という言葉も知りませんでした。 また、ケーキ屋さんで働く人=チョコレートを扱う人、という認識でした。なんていうか、店番をやっていたら、そのうち認められて、「やっていいよ」と言われると思ってたんですよね。よく考えてみると、ぜんぜん、そんなことはないんですけれど。 ――どういう反応でしたか? 智慧逗:びっくりされました。「言いなさい!」みたいな反応でした。 接客が嫌なのか聞かれて、そうではない、チョコレートを扱いたいのだと伝えました。その時、ハッキリと言わなければ、周囲にはなにも伝わらないのだ、と知りました。 この経験から、キャリアについての望みはしっかりと申請するようになりました。大会に出たいとか、そういうこともちゃんと言うようになりましたね。 ――なるほど……。なんとなく、ショコラティエの人は数年でお店を転々として、技術を身に着けていくイメージがあります。智慧逗シェフのように、ずっと同じお店にご縁があるのも、珍しいのでは? 智慧逗:そうですね……。ずっと在籍していたわけではありません。何年かフランスのパン屋に修行にも行ったのですが、結局、ここに戻ってきています。 枕木シェフの存在が大きいのだと思います。 ――枕木シェフは、どんな方ですか? 智慧逗:厳しいですよ。ショコラティエはみなさん、厳しい人が多いです。 枕木さんは、自分にも、他人にも、厳しい人ですが、当たり前をちゃんと、当たり前としてこなせる方です。やっぱり、チョコレートといったら高価なものですから、ショコラティエは、そういう人じゃないと務まらないんでしょうね。 でも、枕木さんは、やりたいことがあるとき、必ず応援してくれます。 大会に出たいと言ったとき、「やるべきことをしっかりやるなら、全力でバックアップする」と言ってくれました。CPMに出た多くの方がおっしゃいますが、CPMは何位になったとか、そういうことよりも、高い志を持つ仲間と出会えるような場ですね。 ――私もCPMのファイナルを取材していたのですが、智慧逗シェフの優勝作品、「銀衡(ぎんこう)」は忘れられない作品でした。 虹色に輝いている、ピエスモンテは、螺鈿細工のようでした。蛾の羽をかたどっていました。どの国の代表も、圧倒的に存在感のあるショーピースを埋める中、「銀衡(ぎんこう)」は余白の美があったように思います。 また、ギミックも秀逸でした。審査を終えた、まさにそのとき、台座が溶けだして、審査員の人たちの度肝を抜いていましたね。 智慧逗:上手くいってよかったです。おそらく、ご存じとは思いますが、虹色の方は、本当に虹色なわけではないんです。チョコレートの表面を加工して……レーザーで、虫の翅のような、いわゆる構造色という仕組みを使って、虹色に見せているんです。 ――今回の大会のテーマ、「記憶」に、非常にマッチした作品だったと思います。 智慧逗:なんとなく、他の方はメモリアルな、残すべき記憶。オルゴールとか、懐かしい香りとか、かつてのチョコレートですとか、そういったものを表現されていたと思います。 私は記憶とは消えていくものである、というような考えを持っていて、そのコンセプトのもとに「消える記憶」を作り上げました。 ――第一世代のチョコレートを用いるマスターがCPMで優勝したのは、ジュリアン・モロー選手(フランス)の優勝からおよそ七年ぶりの快挙でした。 智慧逗:照明が思ったよりも強く、台が熱くなってしまって。直前まで調整していたので、……上手くいって良かったです。 ――第一世代のチョコレートは、純粋なチョコレートであるがゆえに、扱いが難しく、非常に管理が難しいとされています。あのような繊細な作品が第一世代のチョコレートによって形作られたものだというのは、驚きでした。シェフは、第二、第三世代の安定したチョコレートを使用しようというお考えはなかったのでしょうか? 智慧逗:はい。やっぱり、私が魅せられていたのは、第一世代のチョコレートですから。そこはこだわりたいと思っていました。 ただ、どちらかといえば、「長くやっているから、自然とそうなった」という感じですね。 今でこそ、カカオ・ドールのテイクイットイージー™、ノワール・エレマンのタブレット™など、第二~第三世代のチョコレートこそがチョコレートと呼ばれていますが、かつては「第一世代でなくてはチョコレートではない」と言われていました。 評価の項目にテイスティングがあって、「味」が重要なものだったころです。ご存じですか? ――電気刺激ではない「味」ですよね? 知識としては知っていますが、想像がつきません。 智慧逗:はい。違います。第一世代のチョコレートを実際に食べます。 ――今思えば、すごい話ですよね。作品を実際に口にして、消滅させてしまうのだけれども、評価する。あとには、評価だけが残る。今回の作品とも通じるものを感じます。 智慧逗:審査対象の食べ物を実際に食べるだなんて考えられないことだと思います。今でこそ夢のような話ですが、そういう時代もありました。 ――智慧逗シェフがスタイルを変えない中で、新世代が第二世代・第三世代のチョコレートの可能性を切り開いてきたのですね。 智慧逗:そういってしまうとちょっと大げさですが、そうですね。 ――第一世代のチョコレートがほとんどプラント生産されなくなってからは、CPMの大会も危ぶまれてきたとお聞きしています。 智慧逗:ほんとうに、そこは、努力ですね。 第二世代以降のチョコレートの品質も、第一世代からのチョコレートの回収率も、ここ数年で本当に向上しました。 やっぱり、第三世代となると、冷やしたり、固めたりを二回繰り返すことになりますから、安定はしますが、品質が落ちるんです。色粉がうまくのらず、艶が目に見えて悪くなりますし、表面に気泡も入りやすくなります。舌触りも悪いとされています。 十~二十年くらい前であれば、一目見れば「ああ、第二世代だな。再成型してるな」と分かったのですが、最近のチョコレートは、第二世代くらいまでであれば、プロでもなかなか見分けることが難しいというところまで来ました。 ――今回は、溶けたチョコレートが滝のように対流する「オールド・チョコレート・フォンヂュ」など、サステナブルを意識したような、挑戦的な作品が多かったと思います。 智慧逗:そうでしたね。あれはまさに第二世代以降でなくてはできない表現でした。点数こそ僅差でしたが、審査員の中では評価が割れていたと思います。 ――第一世代のチョコレートは、今後、目減りしていくとされています。貴重なチョコレート資源を守る観点から、純粋な第一世代のチョコレートの使用は禁止するべきだという意見も根強いです。智慧逗シェフは、新しいスタイルに転向しようとは思わなかったのですか? 智慧逗:全く、思いませんでした。 振り返ってみれば不思議ですが、なぜか、味に興味はないんです。とくに、私自身に第二世代、第三世代のチョコレートへの抵抗はないですし、私も、当然、お店では第三世代~第五世代のチョコレートを販売しています。 ただ、CPMに出るということになると、やっぱり第一世代だろうな、というこだわりがあります。 ――CPMではスポンサー企業からチョコレートが提供していただけるのが恒例ですが、今回、調達には苦労されたとお聞きしました。 智慧逗:そうなんです。いつもはノワール・エ・ヴルールがCacao Lux™などの、第一世代のチョコレートを提供してくれているのですが、今年は特に、南方のプラントの情勢が悪くて、チョコレートの調達が随分難しかったようです。 スポンサーの方からも、「カカオ豆はあるが、警備の手配ができなくて、第一世代のチョコレートを入手できない。公平性の観点から、第二世代を主軸に据えて組み立ててほしい」と予告されていて、「そこをなんとか」と、参加者で陳情して、粘りました。 結果、任意で使用可能というところまでもっていくことができました。 第一世代のチョコレートを扱うにあたっては、別途、賠償の契約をしています。第一世代のチョコレートを使用した作品は、大会後、再成型のときに、チョコレートが1%でも減っていたら、市民IDが失効する契約になっています。 ――智慧逗シェフも、いざとなれば単純勤労するんですか? 智慧逗:ええ。そこは、別に、マスターだとかは関係ありません。第一世代のチョコレートを扱うというのはそういうことです。 ――智慧逗シェフがチョコレートにかける情熱には、恐れ入るばかりです。 智慧逗:そもそも、チョコレートというのがずいぶんな無理を通して栽培されているものでした。 古来、よく太った雌の七面鳥一羽が、粒の揃ったカカオ豆100粒と引き替えられたと言います。 文化の継承という観点でチョコレート畑が残されてはいますが、合成チョコレートに代替され続け、年々、チョコレートの調達は厳しくなってます。 本物のカカオ豆が栽培できるのは、あと五年か十年と言われています。元々が無茶なんです。 まだ、資源が豊富な時に、人類が一度見た夢かもしれませんね。 ――智慧逗シェフは、第一世代のチョコレートがなくなったら、第二~第五世代のチョコレートに移行しますか? 智慧逗:私は、すっぱり、チョコレートの造形をやめようかなと思っています。少なくとも大会に出るようなことは辞めようかと思っています。 ――そうなのですか? 智慧逗:はい。やっぱり、私が憧れた輝きは、ショーケースの中の「食べられない輝き」ですから。そう思えば、私は、第一世代のチョコレートを知る最後の世代で、良い時代に生まれたかもしれませんね。実際思いをはせることもあります。第一世代のチョコレートを成型する職人は、ちょっとでも削りカスを口に入れたりしなかったのだろうか? と。 ――それが、チョコレート造りの原点になっているんですね。 智慧逗:私は、チョコレートを、「権威」だと思っています。王冠です。良い意味でも、悪い意味でも、権威。子供の口になんかはいらない宝石。下々のものが触ってはいけない王冠。神の食べ物です。時代錯誤かもしれませんが。 第二世代とか、第三世代とかのチョコレートが編み出されたのは、「どうしてもチョコレートを口にしたかったから」で、「そちらの方が美味しいから」、ではなかったはずです。 なんとか、いったん溶かしたとしても、どうにか、チョコレートを合成してでも、チョコレートを市民のもとに取り戻そうという大きな動きだったと思います。 私の考えは、そうじゃないんですね。 本当のチョコレートは、やはり、ごく貴重なものなのです。ショーケースの宝石のように、決して口には入らないものです。 映画や、本に出てくるチョコレートとはそういうものです。 私はそれを磨き上げることだけに全ての情熱を注いできました。 これからは私の時代ではないかもしれない。でも、優勝することが出来ました。 私は人生をかけて、チョコレートの権威を高めてきました。 だから、今回、私の信念のようなものに、王冠を捧げられたこと、嬉しく思っています。 チョコレートは、庶民的であってはいけない。孤高のあこがれでなくてはいけない。少なくとも、私は、そう思っています。王者のチョコレートは、第一世代のチョコレートは、決して口に入ってはいけない。1gたりとも減らしてはいけない。高潔な、鑑賞物であり続けなくてはならない。それが、私の信念です。 ――王者のチョコレート、どんな味なんでしょうね。 智慧逗:どうでしょうか。 ご承知置きの通り、第一世代のチョコレートはそのまま食べることが禁止されています。私自身も味わったことはありません。再成型にかけられて、第二世代、第三世代と世代を経て、伝わったあと……ようやくみなさんにご賞味いただけることになります。役割を終える頃をお待ちください。 ――CPMで優勝を飾った「銀衡(ぎんこう)」は、ジャパンチョコレートミュージアムに一定期間展示されたのち、再成形され、我々の口に入ることになります。 運が良ければ第二世代、悪ければ第五世代くらいになることでしょう。 今から、チョコレートの旅に思いを馳せながらトレース情報を読むのがとても楽しみです。 とはいえ、味を再現するための電気信号が期間限定で公開されています。ご興味のある方は、記事の末尾のリンクをご参照ください。 智慧逗:私が、本当の意味で「チョコレート・マスター」になれたかどうかは、これから、数年をかけて分かっていくことだと思います。 ――チョコレート・プライマル・マスターズ、内藤智慧逗シェフのインタビューでした。智慧逗シェフのチョコレート造りの原点を垣間見ることができたインタビューでした。智慧逗シェフ、本日は、ありがとうございました。 智慧逗:ありがとうございました。