旅の魔法使い
村の中には小さな貨幣やさまざまな宝物があったものだけれど、氷のつぶてで閉ざされた村の中では役に立たない。谷の交易口が落石と雪崩で埋まってしまって、村人たちはすっかり閉じ込められてしまったのだった。 扉も倉庫も何もかも凍りつく村の中では、熱く燃えるかがり火だけが最後の頼みだ。色々な薪や脂で練ったろうそくにうつし取ると、めいめいすがりつくようにしてじっとしていた。 さて、この村には、ひとり、旅の魔法使いがいた。話がとても上手な吟遊詩人のような出で立ちで、場をすこしばかり賑やかせていたが、いくら心が温まっても、体が温まらないのでは意味がない。 「なあ、あんた、魔法使いだというのなら、この惨状を見て何とかしようと思わないのかね」 村長は、感動的な恋愛譚にはらはらと涙を流しながら魔法使いに聞いた。涙はとっきんとっきんと凍り付いて氷のつぶてになってぱらぱらとひげにひっかかっている。 「いいえ、私はどっちかというと語り部ですから、自然に手出しは出来ません」 魔法使いの方も語りに熱がこもりすぎて、目じりに氷の粒を浮かべていた。 「でも、この村がもしかして冬を越せなかったら、それを謳って歩こうと思います」 「なんてことだ!」 村長はカッとなって立ちあがった。するとロウソクの火がシュッと消えて、辺りは真っ暗になった。魔法使いがふうとふくと、ロウソクは再び輝き始めた。 「それだよ、それをだね、その力でなんとかしてくれればいいじゃないか」 「でも、私、誰かが見ているところでは魔法が使えないのです」魔法使いは頬を掻いた。――それに、話のネタが減るのは惜しい。口に出さなかったが。 「じゃあ、私たちは目をつむっていようじゃないかね。どうせ動く元気もないんだ。一日中、何が起こってもじっとしているから、どうか村を救ってくれないか」 「へっくし!」 魔法使いはくしゃみをした。 「まあ、いいでしょう。でも、絶対にこちらを見ないでくださいね」 村長を含めた村のめいめいは、じっと目をつむって耐えた。こらえ性のない子どもや信用のないもの、魔法使いに反対するものはぐるぐる巻きにされて地面に転がっていた。 魔法使いは、力の強そうな男は全部信用できないと言った。うたがわしく思いながらも、あまりに寒いので村人たちは了承した。砕け散りそうなほど寒かった。 静寂の中で、がさごそがさごそと何やら怪しげな音が響き出す。 箱を開ける音、クローゼットを開ける音、扉を開ける音、ひっくり返して「ワーオ」という声。そのすべてに村人たちは耐えなければならなかった。「こりゃあめっけものだぞ」それでも村の人たちは耐えていた。この魔法使いに頼るほかないのだ。「しめしめ」「すばらしい!」「ああ、こいつは金にならないな」「しけてる」「サイコー」 *** 「おおい、こういう軽薄そうな、魔法使いだと名乗る男を見なかったか」 どれくらいの時間が経っただろう。村人たちは、新しくやってきた隣町の人々に声をかけられ、ようやく我に返って狂喜乱舞した。道が通ったのだ。 魔法使いは宝物をすっかり風呂敷に包みこむと、その村から出て行ってしまったようだった。どうしてわかったかというと、春のぬかるみに、軽薄そうな足跡が右、左、左、右、と、嬉しそうにスキップをした形でのこされていたからだ。 さて、彼はなにか村人を助ける魔法を使っただろうか。 春が来るのは道理であるので、判定は非常に難しい。怒りで体がぽかぽかとして、あたたまったのは事実だろう。
『旅の魔法使い』