<追跡>の呪文
槍の生えた地面に、何かが刺さっている。いや、”何か”だったらましだった。その何かは、まだ”誰か”だった。屍だ。大柄な男の屍だった。 見て見ぬ振りもできない。目を背けて、不意打ちでも食らったらひとたまりもない。時折に起き上がるアンデットは冒険者に対して大いなる脅威だった。 だから、オレは、まだそういう死体に慣れないちびに見るなとだけ言って、その誰かと目を合わせた。 誰かさんはまだ生きていた。 半開きになった口からは、浅く、ほんとうにか細い呼吸を繰り返している。手には、冒険者としてはのどから手が出るほど欲しい――だが、命を失うにしては、あまりに軽すぎる金貨が手のひらからばらばらと落ちていた。 穴の底に金貨がぶつかってぱらぱらと音を立てる。 少しだけ心が揺れた。身なりは騎士っぽくても性根は盗賊だった。ただ、オレは、不思議とそれを奪うほど人としての矜持を失ってはいない気がした。 いや、違う。後ろでちびっこいのがこっちを見ているからだ。小汚いちびは、俺がこそ泥だったなんて疑っていない。見かけ通り立派な騎士だとでも思っているのだろう。 どちらにせよ。もしもこの男が死んでいたらオレは金貨でもなんでも遠慮なく奪っていた。 得られるものはなさそうだ。オレは目をそらして、奥の方へと歩こうとした。 カツン。 男が手をこわばらせて、金貨を落とした。――その音に反応してしまうのは、やっぱり悲しい盗賊の性だった。反射的に体を背ける。瞬間、俺の前を、鋭いのこぎりが横切っていった。 「ヴァルさん!」 続いて、鋭い衝撃が伝わってきた。オレは壁にしたたかに頭を打ち付けていた。安物のプレートメイルに刃が刺さっていて、ゆっくりと抜けた。サイズが合ってないのが功を奏して、浅く切っただけで済んだ。 ダンジョンでは、二重三重の罠を警戒しなくてはならないのだ。簡単そうな罠を囮にして、複雑に仕掛けられた罠が待ち受けているというのは、よくあることだ。 オレは後ろを振り返った。男はぐったりとうなだれて、”誰か”から”何か”になっていた。 「ヴァルさん!」 「大丈夫だ」 ちびはぽふぽふしたウサギの尻尾みたいな頭を震わせて、ぼろぼろぼろぼろ泣いていた。しばらくするときりりと表情を整えて、また無表情になった。 「なあ、ここを抜けよう」 ちびっこは、俺が想像したのとは違うような妙な目で死んだ男を見ていた。冷たい目だった。まるで、男のせいで俺がひどい目にあったかのような目を向けて――ちびは、俺に回復の呪文を唱えた。 ダンジョンは残り中ほど。俺が騎士のふりをしているのも、死ななければあと半日だ。 「さっさと戻りましょう、こんなところ」 ちびは吐き捨てると、しゃんと背筋を伸ばして、それから頼りない道案内の孤児の姿に戻った。
『レアドロップ品』 お題:死にぞこないの「うりゃぁ!」