Illustration by ruder

白だ黒だとペンギンガール

 ほ、と息をつくと白い塊が唇から吐き出されてぽろぽろと空気に溶けてゆく。  マンガの吹き出し。みたいだ。  ほ、ほ、ほ。と惜しむでもなく景気よく、いくらでも出してはみたけれど、言いたいことは特に何もない。空白の白いスペースが外気を満たしてゆく。  ぷかぷかと煙のように。消えない。  気が付けば視界は雪に埋もれて視界は真っ白で、私はひょっとするとこのまま死んでしまうのかなあ、と、勝手に感傷的になって泣きそうになった。うるんだ涙もピチピチに凍り付いてしまって。  ほ。言う事なんてない。  遺言?  冗談じゃないな。 (まあ死にはしないだろうそう簡単に)  再び凍りついたまつ毛を持ち上げて目を開けると、そこは、見慣れた商店街だった。あたしは営業が終了したデパートの駐車場の縁石の上をてくてくと歩いてゆく。視界が吹きすさんで不安定。でも不安定なりに晴れ間がのぞいてぴゅうぴゅうという風をのけてゆく。  デパートの裏手。こんな天気だったら変質者に注意する必要もないわね。コートの下にはまたコート。っていうか、あたしが変質者なのか。  寒い。寒い。誰も人はいない。  搬入口の方から眺めたデパートは華やかなスーパーの表舞台とは打って変わって、無機質にトラックが停められていたが凍り付いている。視界を白と黒の美しいモノクロが横切ったと思ったらそれはペンギンだった。おや。ほ。ほほほ。  体長、おおよそ140cmってところ。 「こんにちは、お嬢さん」  びっくりして固まってしまったが、ペンギンの方から話しかけてきた。通じるのか。よかった。ペンギンになんて敵うわけがない。人は地上でも無力、無力よ。いったい白熊だったらそりゃあ鉄砲で撃ってみようかとか思いつくものだけれどペンギンってどうすればいいのよ。とりあえず、敵同士になる必要もないみたいだったから、あたしは。礼儀正しく僅かに背筋を傾けた。慌てて「こんにちは、ペンギンさん」と返事をするとゆっくり羽を握りに行く。  あったかそうな羽毛が目の前に現れたモノだから私はそわそわとしていた。 「どうして話が通じたものでしょうか」 「吹き出しを通じて話しておりますからなあ」  ほ、ほ。  ペンギンの吐く吹き出しはギザギザとしている。  同じ時を過ごすうちに、あたしたちはすっかり仲良くなっていた。くちばしから魚臭い息を吐くと、文字を浮かび上がらせるようにぽんぽんとことばを紡いでゆく。なるほど、こうやって話すのか。へえ。そのために使うのね。白い息はホワイトボード。お魚が食べたいなあとお魚のマークを浮かべるとペンギンは嬉しそうに空を噛んでがっかりした顔になった。  ペンギンはかちかちとくちばしを鳴らしながら両手を擦り合わせた。なるほど。それだけ着込んでてもサムいのね。ああ、羽毛のコート。  私はほ。と息をついてからゆっくりと文面を考える。縁石に腰かけて頷くとペンギンもそれに倣った。いったいどうしたら礼儀にかなうって言うんだろう。近くで見るとくちばしはぎざぎざとしたふちを持っていて獰猛。多分。だからこんなに吹き出しがカクカクとしているのね。  ペンギンが座ると、座高が一緒になり同じ目線になる。ペンギンが勢いよくこちらを振り向いたため、あたしの額にごちんとくちばしがぶつかって星が弾けた。ちょっとすみません、という風に硬直した後、笑いが溶けてゆく。  ほ、ほ、ほ。  ペンギンの笑いは上ずっていって一オクターブずつ高くなっていった。あたしはそれにつられて空を見上げて、ちょっとでも明るい月を分厚い雲の切れ間に確認した後隣を向けば、ペンギンはすっかりいなくなってしまっていたのだ。ほ。  良く考えたら今日は月なんて見えるわけなかったのに。分厚い雲。あるのは街灯の明かりのみ。  午前0時。今日あたしは、信じられないことにペンギンと出会った。


『白だ黒だとペンギンガール』 冬のガール