名前をもらったアンドロイド
ロボットは人間が好きだ。好きな風に出来ている、というか。どこかアンニュイだったりねじ曲がっていたりするけれど、人に作られたって心の底は変わらないもので、その”好き”っていうものがどういうことかはいまいちピンとはこなくっても、とりあえず、アンドロイドらはうっかり人を殴ったりしない。 とくに低級のAIはきつくきつく、絶対に暴力を振るわないように設計図に組み込まれているのだった。 ロボットは悪いことは出来ない。責めは人間に帰せられるもの、っていうのは、人間の最後の矜持だったかもしれない。 ロボットを裁く法律は、とりあえずのところないのだ。 アウェイナブルが道を歩くたび、街灯がカチ、カチ。カチ、と消えていく。ため息をついて空を見上げて、他人の明かりに思いをはせる。いっそ怒ってくれて、3年間とか、口を利いてくれないだけならいいのに。星の明かりは平等だった。けれどだからと言って何の慰めにもならないのだ。 きちんとしたアンドロイドは。人っぽさを目指して作られたアンドロイドは、たまにかっとなることがある。ごくごくまれではあったけれど。 ロボットを裁く法律はないけれど、ひょっとするとないからか、アンドロイドたちは、独自のきまりを持っている。故意に人を傷つけるだとか、そういうものをバグと呼んで、きつくきつく取り締まったり、正したり、パッチを当てたりしたものだけれど、感情的についカッとなった、ってい理由には潔癖で、データベースに永遠に乗っけて、なかなか許したりなんかしないのだ。 ペケペケペケ。 履歴にバツがいっぱいだ。 人間気取りのアンドロイド、ヒューマノイドの終焉が、大体の場合ここに来る。人らしさを採点するロボットたちは、回り道を歓迎するけれど、絶対に「ついカッとなって……」を評価しないのだ。 高等アンドロイドの感情はとても繊細だ。 ≪please,touch≫の表示が、アウェイナブルの背中を照らしている。誰かに触ってもらえれば、ロックはすぐさまアンロックされるのだが、アウェイナブルの手では巧妙にボタンに届かない。アウェイナブルがそばを通ると、どのアンドロイドも動作を止めた。アウェイナブルが過ぎ去っていくと、再び世界は動き始める。 「ちくしょう!」 アウェイナブルはどなった。ロボットにしては珍しい衝動だった。代わりに深いため息と、ぽろぽろと涙がこぼれた。 (あーあ) 後悔と激高が、波のようにやってくる。 彼の雇い主は横暴だったのだ。ロボットを殴るし、痛くはないけれど、そのたびにちくちくと心が痛んだ。ある日、何かがかあっと熱くなって、マグマのようにヒートアップして、気が付いたらこんなことになってしまったのだ。 どういうわけか、そのあと、その雇い主が罪を廃棄処分を断ったから、アウェイナブルはぐるぐると夜の街を歩いている。高いお値段がしたから、惜しかったのかもしれない。 (誰も俺を知らないところに行きたいな) あたりには小さな水たまりがあって、太陽の照り付けで貴重な水資源を回収して、再び空から降り注ぐ。そのたびに歩行型アンドロイドが通れる道は変わって、また新しい場所へ行けるようになる。けれど、ネットワークはどこへ行っても、どこまで行ってもアウェイナブルをはじくのだった。 仲間たちに無視される生活というのは、存外つらいものだ。故障してるみたいにしんとして、改札口をくぐれない。サボタージュだ。電気は彼が通り縋るたびぱっぱと消えていく。どこにでも行けるし、太陽光充電器でできたセルフのガソリンスタンドがあって、内臓ライトがあるから、困らないけど。困らないけれど、心が痛むのだった。 怒れるロボットはとても人間的なのに、ロボットたちは、そこには人間らしさを見出さない。身内をどなったりしたときは、少しびっくりされて、ちやほやもされたけれど、手を出してしまうともう駄目なのだ。 アウェイナブルは当てもない散歩の途中、泣き声を上げる赤ちゃんとロボットを見かけた。赤ちゃんはやわらかいロボットに抱かれていて、ぽかぽかと頭を殴っていた。それでもロボットは何も言わないで優しい声で歌っていた。いいなあ、とアウェイナブルは思った。どっちがうらやましいのかはよくわからなかったけれど。 ロボットには未成熟な学習期間というものはあるけれど、あんなふうに未完成で生まれてくるということはないから、免責期間がよくわからない。でも、仕方がないのはわかった。辛抱強く撫でていると、赤ちゃんは天使のような寝顔を浮かべてぐっすりと眠り始めた。 ロボットを眠らせて落っことさせてはいけないな、と、アウェイナブルは道を変えた。 遥か天井の電光掲示板を見上げていると、ウイルスにハックされていた。『今すぐお電話を!』と背中の≪please,touch≫が交互に光る。蛍みたいだ。仲間を呼んでいるのかな。 ウィルスに身を落とそうかな、と、アウェイナブルは考えていた。返事して、返事して――と目的もなくダイレクトメールをまき散らす彼らは、罪を犯したアンドロイドの成れの果てのようにも思える。 構ってほしくてしょうがないのだ。 駅の近くで、人間の子どもが、じっとこちらを見ていた。人間だ。アウェイナブルは柔らかな頬に触れたくなった。また泣きそうになって、自分は人間が好きなのだなあ、と感じた。 「悪いことしたの?」 「……」 アウェイナブルの背中には、罪びとのパッチが貼られている。 「反省した?」 子どもはいたずらっぽく笑った。 「仕方が分からないんだ」 「正直だね」 「ロボットだからね」 少年は駆け寄ってきて、不意に背中をさすってくれた。あ、っと思うと、あたりがぱあっと明るくなった。 「人を殴ったよ」 告解なのだろうか。そう言うと、またネットワークから爪弾きになるんじゃないかと恐ろしかった。少年はぽんぽんとアウェイナブルの頭を撫でたけれど、それ以上に何も起こらなかった。 「さみしかった?」 アウェイナブルが涙をこぼすと、子どもは笑った。 「反省の仕方が分からないんだ」 「そっか」 子どもは足で水を踏んで、バシャバシャと鳴らして去っていく。行ってしまう。 アウェイナブルは、水には入れない。 「待って」と声をかけたけれど、子どもは止まらない。 「待って」アウェイナブルが足を踏み出すと、足がピリピリ痛んだ。浸水してきている。エラーが不快な音を鳴らすのが分かった。 アウェイナブルは、この時ばかりは自分が高度なAIを持っていてよかったと思った。 「待って、名前は」 「ぼく?」 もう一歩踏み出すと、男の子は立ち止まった。 こういうのが、ときめきとかそういう感情だっていうんだろうか。誰かに命令されたいような気持ちがアウェイナブルをみじめにさせたけれど、でもなんだか幸せだった。 子どもは後ろに回り込むとアウェイナブルを引っこ抜いて、それからフットパーツを接続した。 「名前を新しくしたらいいんじゃないかな」 そうじゃなくてアナタの、と思ったけれど、アウェイナブルは人の話の腰を折るより恭順を選んだ。 「創造性は持ってないのです」 「アジェノイド?」 新しい名前はすっとしみこむような心地がした。チップがバラバラになって、流れていく。アジェノイド? 「はい」 アジェノイドは新しくなって返事をした。 「アジェノイドになろうと思います」 「それがいいと思うよ」 と、ちっちゃい少年は人差し指でぐるっと円を書くようにして、わざと難しい顔をして、それから笑った。
名前をつけて貰うアンドロイドっていいよね。